
2024年10月、Google Cloud AI ResearchとUSCの研究者らが、RAG(Retrieval-Augmented Generation)の精度を飛躍的に向上させる新手法「Astute RAG」を発表しました。この革新的なアプローチは、外部知識と内部知識を巧みに組み合わせることで、従来のRAGが抱えていたハルシネーション(幻覚)の問題に効果的に対処します。
AROUSAL Techの代表を務めている佐藤(@ai_satotaku)です。 Astute RAGの進化は、AIエージェントの開発における新しい方向性を明確にしてくれていると思っています。 特に、クライアントがデータ処理の負担を減らしながら、外部の知識と内部の知識をうまく統合できるというのは、実用性と効率性の両立を目指す上でめちゃくちゃ大きな前進です。 とはいえ、LLM(大規模言語モデル)の能力や、事前に学習されたデータに大きく依存してしまっているので、モデルのアップデートやデータの質をさらに向上させることが、今後の課題となるのは間違いありません。 また、信頼性をどのような基準で評価するか?というのも重要なポイントなので、今後AIエージェントを取り入れるうえで覚えておきたい観点ですね。 感想をX(旧Twitter)でポストしていただけると嬉しいです。メンションも大歓迎です! |
RAGの進化形、Astute RAGとは

Astute RAGは、従来のRAG手法を一歩進化させた新しいアプローチです。RAG(Retrieval-Augmented Generation)は、大規模言語モデル(LLM)に外部知識を組み込むことで回答の精度を高める技術ですが、外部ソースの信頼性に過度に依存するという課題がありました。これにより、生成される情報が不正確であったり、一貫性を欠くことが多く、ユーザーにとって信頼できる情報源とは言えませんでした。
Astute RAGは、この問題を解決するために以下の特徴を持っています。
- LLMの内部知識の活用
- 外部知識との統合
- 信頼性評価プロセス
LLMの内部知識の活用
LLMの内部知識の活用では、まずLLM自身が持つ知識を引き出し、外部情報に頼らずとも質の高い回答を生成できるように設計されています。これにより、外部ソースの信頼性が低い場合でも、高い精度で回答を提供することが可能となります。
外部知識との統合
外部知識との統合では、関連する外部文書を検索し、その情報を内部知識と統合します。このプロセスでは、情報の一貫性や信頼性を重視し、矛盾が生じないよう調整します。
信頼性評価プロセス
最後に、信頼性評価プロセスでは、生成された回答案の信頼性を評価します。これには情報源の信頼性や情報の詳細さなどが含まれます。この評価プロセスによって、最も適切な回答が選ばれます。この手法により、Astute RAGは単なる情報収集ではなく、その信頼性を慎重に評価し、高品質な回答を提供することができます。
従来のRAGが抱える限界と問題意識
従来のRAG手法には、いくつかの重要な課題がありました。これらの問題は、RAGの本来の目的であるハルシネーション低減を逆に阻害する可能性がありました。
外部ソースへの過度の依存
RAGは外部データベースから情報を引き出すことによってその性能を向上させますが、そのデータベース自体が古い情報や誤った情報で構成されている場合、その影響は直接的です。
古い情報や不正確な情報の混入
例えば、医療分野では、最新の研究結果やガイドラインが反映されていない場合があります。このような状況では、不適切なアドバイスや誤解を招く可能性があります。
特定条件下でのみ有効な情報の一般化
特定の文脈でのみ適用可能な知識が、一般的な質問に対して誤った結論を導くことがあります。
企業内で使用されるRAGシステムでは、以下のような問題が頻繁に発生していました。
- 法改正後も古い規定が参照される
- 特定部署向けの情報が全社的な方針として誤解される
Astute RAGは、こうした課題に正面から取り組むために開発されました。外部ソースの質や一貫性が保証できない環境下での利用に大きな可能性を秘めています。
Astute RAGの3ステップアプローチ
Astute RAGは、以下の3つの主要ステップで構成されています。
- LLMの内部知識の明示的な引き出し
- 情報の統合
- 最終回答の生成と評価
1. LLMの内部知識の明示的な引き出し
このステップでは、以下のプロセスを行います。
- ユーザーの質問に対し、外部ソースなしでLLMに回答を生成させる
- 不確実な情報は「分からない」と明示するよう指示
このプロセスによって、ユーザーは信頼できない外部ソースから得られた不正確な情報によって混乱させられることなく、高品質な回答を受け取ることができます。
2. 情報の統合
次に、以下のプロセスを実行します。
- 質問に関連する外部文書を検索・取得
- 外部知識と内部知識を統合し、矛盾のない情報群でグループを作成
- 必要に応じて、このプロセスを複数回実行
この段階では、多様なソースから得られた情報を集約し、それぞれの情報源について評価します。矛盾した情報がないか確認しながら進めるため、一貫した答えを導き出すことが可能です。
3. 最終回答の生成と評価
最後に、以下のステップを踏みます。
- 各情報グループごとに回答案を生成
- 回答案の信頼性を評価(情報源、複数源からの確認、頻度、詳細さなどを考慮)
- 最も信頼できる回答を選択し、最終回答とする
このような厳密な評価プロセスによって、高品質で一貫した回答が保証されます。
このプロセスにより、Astute RAGは単に情報を収集するだけでなく、その信頼性を慎重に評価し、最も適切な回答を提供することができます。
Astute RAGの性能評価と実績
Astute RAGの効果は、複数のデータセットを用いた実験で実証されています。
幅広いデータセットでの優位性
NQ(Natural Questions)、TriviaQA、BioASQ、PopQAなど、様々なデータセットで既存のRAG手法を上回る性能を示しました。これらのデータセットでは、それぞれ異なる特性や要求がありますが、Astute RAGはどの場合でも高い精度で応答しました。
低品質ソースへの耐性
外部ソースの質が極めて低い場合(検索精度がほぼゼロ)でも、RAGを使用しない場合と同等以上の性能を達成した唯一の手法でした。この結果は、多くの場合で外部ソースへの依存度が高いAIシステム全般への大きな影響があります。
矛盾する情報への対処能力
ソース情報に矛盾がある場合でも、最も信頼性の高い情報に基づいて回答を生成することができました。この能力は特に医療や法律など、高度な専門知識が求められる分野で重要です。
これらの結果は、Astute RAGが実際の応用場面で高い有効性を持つことを示しています。特に、情報の質や一貫性が保証できない環境下での利用に大きな可能性を秘めています。
Astute RAGの意義と今後の展望
Astute RAGの登場は、RAG技術の新たな地平を切り開くものと言えるでしょう。その意義と今後の展望について考えてみましょう。
ユーザー負担の軽減
これまでのRAGでは、情報ソースの品質管理がユーザー側の責任でした。Astute RAGは、システム側でこの問題に対処できる可能性を示しています。
信頼性の高い情報提供
矛盾する情報や古い情報が混在する環境下でも、信頼性の高い回答を提供できるようになります。
応用範囲の拡大
企業の知識管理システムや、常に更新が必要な分野(法律、医療など)での活用が期待できます。
他の手法との組み合わせ
Self-RAGやCRAGなど、他のRAG改善手法との組み合わせにより、さらなる性能向上が見込まれます。
今後は、Astute RAGの実装方法や、より大規模なデータセットでの検証が進むことで、その有効性がさらに明確になっていくでしょう。また、この技術の登場により、RAGシステムの設計や運用方法にも変化が生じる可能性があります。情報の信頼性評価プロセスをどのように最適化するか、また、そのプロセス自体をどのように評価・改善していくかが、今後の重要な研究テーマとなるでしょう。
Astute RAGは、AIによる情報処理の信頼性と効率性を大きく向上させる可能性を秘めています。この技術の発展が、私たちの知識活用の方法をどのように変えていくのか、今後の展開が非常に楽しみです。
まとめ
Astute RAGは、RAG技術における画期的な進歩を示す新手法です。LLMの内部知識と外部ソースの情報を巧みに組み合わせることで、従来のRAGが抱えていたハルシネーションの問題に効果的に対処します。
この技術の主な特徴は以下の通りです。
- LLMの内部知識を明示的に活用
- 外部知識との慎重な統合
- 信頼性評価に基づく回答生成
Astute RAGは、様々なデータセットで既存のRAG手法を上回る性能を示し、特に低品質な外部ソースに対する耐性が高いことが実証されています。
この技術の登場により、RAGシステムの信頼性と適用範囲が大幅に拡大することが期待されます。今後、Astute RAGの実装方法や大規模データでの検証が進むことで、AIによる知識処理の新たな可能性が開かれていくでしょう。