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「来週の経営会議、AIにも参加してもらうから」
ある日、あなたの上司が真顔でこう言ったら、どう思いますか?「冗談でしょ?」と笑い飛ばすでしょうか。それとも、いよいよSF映画の世界がやってきたと胸を躍らせるでしょうか。
2025年7月、飲料大手のキリンホールディングスが、そんな未来を現実のものにしました。その名もAI役員「CoreMate(コアメイト)」。なんと、過去10年分の経営会議の議事録などを学習した12もの人格を持つAIが、人間の役員たちと一緒に経営戦略を議論するというのです。
これは、単なる「便利な分析ツール」の話ではありません。AIが経営の意思決定という、これまで人間の聖域だった領域に足を踏み入れる、まさに歴史的な一歩と言えるかもしれません。
この記事を読んでくださっているあなたは、きっと企業の未来を担う経営企画部やDX推進部の方、あるいは新しいテクノロジーにアンテナを張っている情報システム部や人事部の方でしょう。そんなあなたにとって、このキリンの挑戦は他人事ではないはずです。
この記事を読み終える頃には、あなたは、
- キリンの「AI役員」が具体的に何をしているのか、誰にでも説明できるようになる
- 「うちの会社ならどう活かせるだろう?」と、自社に置き換えて考えるヒントが得られる
- AIと人間が共に働く、少し先の未来の働き方を具体的にイメージできるようになる
そんな、未来への解像度が少しだけ上がる体験をお約束します。
「AI役員」って一体何者?CoreMateの正体を探る

まず、気になるのは「AI役員」の正体ですよね。名刺でも持っているのでしょうか?役員報酬は?そんな素朴な疑問も湧いてきますが、CoreMateは物理的な体を持つロボットではありません。経営会議のスクリーンに映し出され、多様な視点から意見を提示する、いわばデジタルな頭脳です。
10年分の議事録を学んだ12人のAI人格
CoreMateの最大の特徴は、12人もの異なる「人格(ペルソナ)」を持っていることです。これは、単一のAIが画一的な答えを出すのとは全く違います。
キリンは、過去10年分の取締役会や経営戦略会議の議事録、社内資料、さらには外部の最新情報まで、膨大なデータをCoreMateに学習させました。その結果、例えば「リスク管理に慎重な人格」や「イノベーションに積極的な人格」「長期的な視点を重視する人格」といった、多様なキャラクターが生まれたのです。
まるで、経験豊富なベテラン役員から、柔軟な発想を持つ若手まで、個性豊かな12人のアドバイザーが会議室に集結したようなもの。すごい光景だと思いませんか?
CoreMateが担う「壁打ち相手」としての役割
では、この12人のAI役員は、具体的に何をするのでしょうか?
現在の主な役割は、経営会議で何か新しい議題を提案しようとする担当者の「壁打ち相手」になることです。
企画の担当者は、事前にCoreMateに議題をインプットします。すると、12人のAI人格たちが、それぞれの立場から「この案にはこんなリスクはないか?」「こういう視点が抜けているのでは?」「もっと長期的な成長に繋げるには?」といった具合に、多角的な意見や論点を投げかけてくれます。
これによって、担当者は事前に様々な角度から自分の企画を検証し、弱点を潰し、より洗練された形で経営会議に臨むことができるのです。これにより、会議そのものの質とスピードが格段に向上すると期待されています。まさに、最強のブレーンを手に入れたようなものですね。
なぜ今、キリンはAI役員を導入したのか?その狙いを深掘り
キリンほどの歴史ある大企業が、なぜこれほど先進的で、ともすれば大胆とも思える一手を打ったのでしょうか。その背景には、現代企業が抱える切実な課題と、それに対する明確な戦略がありました。
狙い1:意思決定のスピードと質を上げる
言うまでもなく、現代のビジネス環境は変化のスピードが非常に速く、複雑です。悠長に時間をかけて議論している間に、市場はあっという間に姿を変えてしまいます。
CoreMateは、人間だけでは見落としがちな論点や、過去のデータに基づいた客観的な視点を瞬時に提供します。これにより、議論のヌケモレを防ぎ、より質の高い意思決定を、これまでより速いスピードで下すことを可能にします。年間30回以上開催されるという経営戦略会議の生産性が、飛躍的に向上するかもしれません。
狙い2:「暗黙知」を形式知に変え、組織の記憶を未来へ繋ぐ
これは、非常に興味深い視点です。
長年会社を支えてきたベテラン社員の頭の中には、言葉では説明しきれない膨大な「暗黙知」—経験や勘、ノウハウ—が眠っています。しかし、それはその人が退職してしまえば、失われてしまう可能性のある儚い財産です。
CoreMateは、過去10年分の議事録、つまり「組織の記憶」を学習しています。そこには、過去の成功も、苦い失敗も、その時々の役員たちがどんな議論を交わしたのかという生々しい記録が刻まれています。
AI役員は、この組織の記憶を「形式知」として客観的に提示してくれます。「その論点、5年前にも議論がありましたが、その際は〇〇という理由で見送られています」といったように。これは、ベテランの知見を次世代に継承し、同じ過ちを繰り返さないための、画期的な仕組みと言えるでしょう。
狙い3:人間の認知バイアスを取り払う
人間は、誰しも「認知バイアス」から逃れられません。
- 「過去にこれで成功したから、次もきっとうまくいくはずだ」(成功体験への固執)
- 「みんなが賛成しているから、きっと正しいのだろう」(同調圧力)
- 「あの人が言うことだから、間違いない」(権威への服従)
会議で声の大きい人の意見が通りやすかったり、空気を読んで反対意見が言えなかったり…そんな経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。
CoreMateは、そうした人間的なしがらみや感情とは無縁です。ただひたすらデータに基づき、客観的でフラットな意見を提示します。時にそれは、人間にとっては耳の痛い指摘かもしれません。しかし、その冷静な視点こそが、人間が見落としがちな罠から組織を救い、より合理的な判断へと導いてくれるのです。
もしあなたの会社にAI役員が来たら?シミュレーションしてみよう
さて、ここで少し想像の翼を広げてみましょう。もし、あなたの会社にCoreMateのようなAI役員が導入されたら、会議の風景はどう変わるでしょうか?
成功シナリオ:『最強の壁打ち相手』がもたらす革新
新商品の企画会議。あなたが提案者です。会議の前に、あなたはAI役員に企画書を“壁打ち”します。
AI役員は即座にフィードバックを返してきます。「ターゲット層について、過去の類似商品Aでは30代女性の反応が鈍いというデータがあります。今回の商品はその点をどうクリアしますか?」「競合のB社が最近、類似の特許を出願していますが、知財リスクは検討済みですか?」
あなたは、自分一人では気づけなかった視点にハッとさせられます。事前にリスクを洗い出し、対策を練り込んだあなたのプレゼンは、役員会議で高く評価され、企画は満場一致で承認。プロジェクトは最高のスタートを切りました。
AIは単なる批評家ではなく、あなたの思考を深め、企画を成功に導いてくれる最高の“相棒”になったのです。
失敗シナリオ:『評論家AI』を乗りこなせない会議
一方、こんな未来もあり得るかもしれません。
会議でAI役員が「データによると、この事業の成功確率は35%です」と冷静に告げます。その瞬間、会議室の空気は凍りつきます。推進派の役員は「AIに何がわかるんだ!」と感情的になり、慎重派は「やはり無理な計画だったんだ」とAIの意見を鵜呑みにします。
議論は深まらず、AIの意見に人間が振り回されるだけ。結局、「AIがダメだと言っているので…」という理由で、挑戦的なプロジェクトは立ち消えに。AIはいつしか、誰もが顔色をうかがう冷徹な“評論家”となり、組織からは挑戦の熱が失われてしまいました。
この二つのシナリオを分けるものは何でしょうか?それは、AIを「使う」人間の側のリテラシーに他なりません。AIの意見はあくまで参考情報の一つであり、最終的な意思決定の責任は人間にある。その覚悟と、AIを使いこなす知恵がなければ、宝の持ち腐れどころか、組織を停滞させる足かせにさえなりかねないのです。
CoreMateが示す「人とAIの共創」の未来図
キリンの挑戦は、まだ始まったばかりです。しかし、その一歩は、私たちの働き方の未来を考える上で、非常に多くの示唆を与えてくれます。
経営だけじゃない!私たちの日常業務はどう変わる?
AI役員のコンセプトは、なにも経営層だけの特権ではありません。
例えば、営業部門に「AI営業部長」がいれば、各担当者の日報を分析し、「A社のキーマンは環境問題への関心が高いようです。次の商談ではサステナビリティの観点から提案してみてはどうでしょう?」と、個人に最適化されたアドバイスをくれるかもしれません。
人事部に「AIキャリアコンサルタント」がいれば、全社員の経歴やスキル、評価データを基に、「あなたのスキルセットなら、次はマーケティング部門で活躍できる可能性があります。必要な研修はこちらです」と、思いもよらなかったキャリアパスを提示してくれるかもしれません。
AIは、私たち一人ひとりのパーソナルな「CoreMate」になり得るのです。
「会話型」への進化と今後のロードマップ
キリンは今後、CoreMateの機能をさらに拡張していくと発表しています。将来的には、会議の参加者同士の議論をリアルタイムで可視化したり、まるで人間と話すように自然な対話ができる「会話型」への進化も視野に入れているそうです。
会議中に「ねえCoreMate、今のA部長の意見について、過去のデータから裏付けられることはある?」と話しかける。そんな光景が、当たり前になる日もそう遠くないのかもしれません。
よくある質問
最後に、AI役員と聞いて多くの人が抱くであろう疑問について、少し考えてみたいと思います。
Q1: AIに経営判断を任せてしまって、人間の役割はなくなりますか?
いいえ、なくなりません。むしろ、より人間らしい役割が求められるようになります。CoreMateの事例でもわかるように、AIはあくまで客観的なデータや論点を提供する役割です。その情報をどう解釈し、リスクを取って未来に賭けるか、そして最終的な責任を負うのは、間違いなく人間です。直感や情熱、倫理観といった、AIにはない人間ならではの価値が、これまで以上に重要になるでしょう。
Q2: 中小企業でもAI役員のような仕組みは導入できますか?
キリンのような大規模なシステムをそのまま導入するのは難しいかもしれません。しかし、考え方としては十分に応用可能です。例えば、ChatGPTのような汎用的な生成AIに、自社の過去の議事録や事業計画を読み込ませ、「あなたが当社の経営アドバイザーだとしたら、この新規事業案についてどう思いますか?」と問いかけるだけでも、新たな視点が得られるはずです。まずはスモールスタートで「AIとの壁打ち」を試してみる価値は十分にあります。
Q3: AIの意見に倫理的な問題があった場合、誰が責任を取るのですか?
非常に重要な問いです。責任を負うのは、そのAIの意見を参考にして最終的な意思決定を下した「人間」です。AIはあくまで道具であり、その使い方を決めるのは人間です。だからこそ、AIが出した答えを鵜呑みにせず、その背景にあるデータやロジックを理解し、倫理的なフィルターを通して判断する能力が、これからのビジネスパーソンには不可欠になります。
まとめ:AIは敵か味方か?CoreMateがくれた新しい問い
キリンが経営会議に招き入れたAI役員「CoreMate」。その挑戦は、私たちに「AIは仕事を奪う敵か、助けてくれる味方か」という単純な二元論では捉えきれない、新しい問いを投げかけています。
- キリンのAI役員は、10年分の組織の記憶を学習した12の人格を持つ、経営の「壁打ち相手」です。
- その狙いは、意思決定の高速化と質の向上、そして組織知の継承にあります。
- この動きは、AIが人間の能力を拡張し、共に未来を創る「相棒」になる可能性を示しています。
CoreMateは、キリンだけの物語ではありません。それは、AIと人間がどうすれば最高のパートナーになれるのか、という私たち全員に向けた壮大な社会実験の始まりなのかもしれません。
さあ、最後にあなたに質問です。
もし、あなたのチームにAIが一人、新しい仲間として加わるとしたら、彼(彼女?)にどんな役割を期待しますか?
その答えを考えることこそが、未来の働き方を自分たちの手でデザインしていく、第一歩になるはずです。
引用元
Ledge.ai「キリン、AI 役員「CoreMate」を経営戦略会議に常設──12 人格 × 10 年分データで意思決定を高速化」