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「また、あの人しか分からないプログラムか……」 工場の生産ラインが止まった際、ブラックボックス化したPLC(プログラマブルロジックコントローラー)のコードを前に、途方に暮れた経験はありませんか?
今、日本の製造業は静かな、しかし決定的な危機に直面しています。長年現場を支えてきた熟練技術者が定年を迎え、その頭の中にあった「職人技」とも言えるラダープログラムのノウハウが、次世代に引き継がれることなく消えようとしているのです。
この深刻な「技能継承」という宿題に対し、日本のFA(ファクトリーオートメーション)の雄・三菱電機が、驚くべき解答を提示しました。それが、「ラダー生成AI」です。
2025年の展示会「IIFES」で、説明員が休憩する暇もないほど来場者が殺到したこのプロジェクト。なぜ三菱電機は、汎用AIでは不可能と言われたラダー言語の自動生成に挑んだのか。その裏側にある熱い想いと、私たちが手にする未来の設計図を紐解いていきましょう。
製造業を襲う『技能継承の壁』とラダープログラムの孤独

若手は学ばない、ベテランは去る。現場のリアルな叫び
今の若手エンジニアにとって、ラダー図は「古くて難解な言語」に見えるかもしれません。大学でPythonやC言語を学んできた彼らにとって、リレー回路をベースとしたラダー言語は、習得のハードルが非常に高いのです。
三菱電機の竹内桂志氏は、インタビューでこう指摘しています。
「プログラミングができる人材はなかなか入って来ない。さらにラダープログラムとなると、大学などで学ぶ機会もほとんどない。」
結果として、高品質な設備を作ろうとすればするほど、一人の熟練技術者に依存する「属人化」が加速します。これは、経営的な視点で見れば「巨大なリスク」そのものです。その人が病気で休んだら? 退職したら? 会社の心臓部である製造ラインが、誰にも触れない聖域になってしまうのです。
なぜChatGPTでは「動くラダー」が書けないのか?
「AIがあるなら、ChatGPTに書かせればいいじゃないか」と思われるかもしれません。しかし、現実はそう甘くありません。
実は、ラダープログラムは汎用のLLM(大規模言語モデル)にとって、最も苦手な領域の一つです。その理由は明確です。
- 学習データの圧倒的不足: Web上にはPythonのコードは溢れていますが、企業の資産であるラダープログラムは表に出てきません。
- 視覚的構造: ラダーは「図」に近い論理構造を持っており、テキストベースのAIには理解しにくいのです。
三菱電機の江口明宏氏も、「当初は苦戦を予想していた」と語ります。汎用AIをそのまま使っても、現場で動作するレベルのコードは出力されなかったのです。では、彼らはどうやってその壁を突き破ったのでしょうか?
三菱電機が示した『現場を救う』4つのユースケース
三菱電機が開発したAIの凄みは、単に「コードを書く」ことではありません。現場のエンジニアが、明日からどう楽になるのか。その実用性に徹底的にこだわった点にあります。
1. 新規作成:仕様書から「下書き」を自動生成
入出力デバイスや動作条件を記した仕様書をAIに読み込ませるだけで、AIがラダープログラムのリストやフローチャート、さらには解説文まで作成します。 ゼロから白い画面に向き合い、ウンウンと唸る時間はもう必要ありません。AIが叩き台を作り、人間がそれを「清書」する。この役割分担だけで、設計工数は劇的に削減されます。
2. 既存プログラムの改造:これが最も「欲しかった」機能
多くの現場では、一から作るよりも「昔のプログラムを今の仕様に書き換える」作業の方が圧倒的に多いはずです。 三菱電機のデモでは、古いプログラムと「ここをこう変えたい」という指示を与えるだけで、改造後のコードをAIが生成してみせました。これは、他人の書いた解読不能なコード(スパゲッティコード)に悩まされる設計者にとって、まさに救世主と言える機能です。
3. GX Works3との完全統合
ここが「メーカー純正」の強みです。AIが生成したコードは、三菱電機の設計ソフト「MELSOFT GX Works3」にそのままインポート可能です。 外部のAIツールで出力されたコードを、手動で書き写すような不毛な作業は発生しません。シームレスな連携こそが、現場が求めていた「DXの形」なのです。
【独自考察】精度100%の先にある『エンジニアの創造性』
ここで一つの問いが生まれます。 「AIが作ったプログラムを、そのまま機械に流して事故は起きないのか?」
答えは、三菱電機の姿勢に現れています。彼らは「AIにすべてを任せる」とは言っていません。
AIは『副操縦士』、人間は『機長』
三菱電機が描くのは、AIを「コパイロット(副操縦士)」として活用する姿です。 AIは過去の膨大なデータから、標準的なコードを瞬時に提案します。しかし、現場特有のクセや、予期せぬトラブルへの対応、そして「安全への最後の責任」を担うのは、やはり人間です。
竹内氏は、設計だけでなく、製造や保守の場面でもAIが活用できると考えています。例えば、エラーが発生した際にAIが過去のトラブル事例と照らし合わせ、「ここを修正すべきです」とアドバイスをくれる。そんな未来は、もうすぐそこまで来ています。
設計者の役割はどう変わるか?
これからの設計者に求められるのは、「ラダーを一文字ずつ打ち込むスキル」ではなく、「AIに正しく指示を出し、出力されたコードの妥当性を評価するスキル」へとシフトしていくでしょう。 定型的な作業から解放されたエンジニアは、より「どうすればより効率的なラインになるか」「製品の品質をどう高めるか」という、本来あるべき創造的な仕事に時間を割けるようになります。
AI導入で失敗しないためのポイント&NG例
もし、あなたの会社でラダー生成AIの導入を検討するなら、以下の点に注意してください。
- ポイント:小さく始める(PoCの活用) まずは、社内の標準的な回路(ランプ点灯や簡単なコンベア制御など)からAIに学習させ、徐々に複雑な領域へ広げていくのが定石です。
- ポイント:社内ルールの言語化 AIに「良いコード」を書かせるには、まず人間が「わが社の標準はこれだ」というルールを明確にする必要があります。
- NG例:AIの出力を鵜呑みにする 「AIが書いたから大丈夫だろう」という過信は禁物です。必ずシミュレーターや実機での検証ステップを組み込んでください。
- NG例:現場を置き去りにした導入 現場のベテランに「君たちの仕事がなくなる」と思わせてはいけません。「君たちの知識をAIに教え込み、若手を助けてやってほしい」というポジティブな巻き込みが必要です。
FAQ:ラダー生成AIに関するよくある疑問
Q1:本当に誰でもラダーが作れるようになるのですか?
A1: 補助ツールとしては強力ですが、基礎知識は必要です。AIは「下書き」を高速化しますが、最終的な論理チェックは人間が行うべきだからです。むしろ、教育ツールとして若手の習得を早める効果が期待されています。
Q2:製品化の時期はいつ頃ですか?
A2: IIFES 2025でのデモを経て、現在はユーザーとの実証実験(PoC)の段階です。三菱電機は現場からのフィードバックを重視しており、より精度の高い形でのリリースを目指しています。
Q3:セキュリティ面で不安はありませんか?
A3: 企業の機密情報であるプログラムを扱うため、セキュアな環境での運用が想定されています。プライベートなネットワーク内でのAI活用など、BtoBメーカーならではの配慮がなされる見通しです。
まとめ:AIと共に、製造現場に「わくわく」を取り戻す
三菱電機が挑むラダー生成AIは、単なる効率化ツールではありません。それは、失われつつある日本の製造業の「知」を守り、次の世代へとバトンを渡すための「希望の橋」です。
江口氏が語る「Fun Factory(現場にわくわくを)」という言葉。 苦労してコードを書く時代から、AIと共に新しい価値を創造する時代へ。設計者が「もっと面白いものを作りたい」と思える環境こそが、結果として日本のものづくりの競争力を高めるはずです。
「AIに仕事が奪われる」と怯える必要はありません。 むしろ、あなたの現場に眠っている素晴らしい技術を、AIという翼を使って世界に羽ばたかせるチャンスなのです。
次のアクション: まずは、自社のPLCプログラムの現状を棚卸ししてみませんか? どの部分がブラックボックス化しているかを知ることが、DXへの第一歩です。
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