
日本初のAI法が成立 - 推進と規制のバランスを模索
2025年5月28日、参議院本会議において「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(通称:AI活用推進法)が賛成多数で可決・成立しました。投票総数232票のうち賛成は214票、反対は18票という結果でした。
この法律は、日本においてAI分野に特化した初めての法律として注目を集めています。最大の特徴は、欧州のような厳格な規制ではなく、企業の自主的な研究開発を後押しする推進型のアプローチを採用していることです。
AIを使った人権侵害などのリスクを抑制するため、国が調査し事業者に是正を促すことを目的としていますが、違反に対する罰則規定は設けられていません。これは、日本独自の戦略的な選択といえるでしょう。

日本型AI法の特徴 - 世界の規制との比較
各国のアプローチの違い
主要国・地域のAI規制を比較すると、日本の独自性が明確になります:
国・地域 | アプローチ | 特徴 | 罰則 |
EU | 規制重視 | リスクベースの厳格な規制 | 最大で年間売上高の6%の制裁金 |
米国 | セクター別 | 分野ごとのガイドライン | 連邦法は未制定 |
中国 | 国家主導 | アルゴリズム規制など | 厳格な管理・処罰 |
日本 | 推進重視 | 企業の自主性を尊重 | 罰則なし |
罰則を設けない戦略的理由
日本が罰則規定を設けなかった背景には、以下の3つの戦略的考慮があります。
1. イノベーションの促進 政府が新法でAIの利活用を前面に出した背景には、日本がAI分野で後れをとっているとの問題意識があります。厳格な規制によりイノベーションが阻害されることを避ける意図が明確です。
2. 企業の自主性への信頼 日本企業の高いコンプライアンス意識を前提に、法的強制力に頼らない自主規制による適切な運用を期待しています。
3. 技術進化への柔軟な対応 技術革新のスピードに法規制が追いつかない現実を踏まえ、状況に応じて柔軟に対応できる枠組みを選択しました。
法律の主な内容と新設される組織
AI戦略本部の設置
AI活用推進法により「人工知能戦略本部」が新設されます。全閣僚で構成し首相が本部長を務めるという、政府の本気度を示す体制です。
AI戦略本部の主な役割は以下の通りです。
- AI基本計画の策定(法律施行後3か月以内)
- 各省庁のAI施策の総合調整
- 国際的なルール形成への参加
基本理念の明確化
法律では以下の基本理念が掲げられています:
- AIの戦略的重要性
- AIを「安全保障上重要な技術」と位置づけ
- 研究開発力の維持・向上と国際競争力の強化
- リスク管理と透明性
- 犯罪への悪用、個人情報漏えい、著作権侵害などのリスクへの対応
- AIの研究開発・利用過程における透明性の確保
- 国際協調とイノベーション
- 世界的な規範に即したイノベーション促進とリスク対処の両立
調査・指導の対象となる行為
罰則はないが、国の関与は明確
新法では罰則規定はありませんが、以下のような行為は国の調査・指導対象となります:
1. 人権侵害につながるAI利用
- 差別的な判断を行うAIシステム
- プライバシーを侵害する監視システム
- 不当な個人評価を行うAI
2. 悪質な偽情報の生成・拡散
- ディープフェイクによる虚偽動画
- 選挙への干渉目的の偽情報
- 社会的混乱を招くフェイクニュース
3. 犯罪への悪用
- サイバー攻撃への利用
- 詐欺やなりすまし
- その他の違法行為への活用
国は「指導、助言、情報の提供その他の必要な措置を講ずる」とされており、悪質な場合は事業者名の公表も可能です。
既存法との関係
重要な点として、AI活用推進法は新たな違法行為を定める法律ではありません。個人情報保護法、著作権法、不正競争防止法などの既存法違反は、引き続き各法律に基づいて処罰されます。
企業への影響と対応策
ビジネスチャンスの拡大
1. 開発の自由度向上
- 事前承認や登録制度が不要
- 実証実験の実施が容易
- 新サービスの迅速な立ち上げが可能
2. コンプライアンスコストの軽減
- 複雑な規制対応が不要
- 罰則リスクがない
- 自主ルールでの対応が可能
3. 政府支援の可能性
- 研究開発への補助金
- 規制サンドボックスの活用
- 官民連携プロジェクトの推進
注意すべきリスク
1. レピュテーションリスク 罰則がないからといって不適切な利用が許されるわけではありません。悪質な利用が発覚すれば、企業イメージへの深刻なダメージは避けられません。
2. 将来の規制強化への備え 法律には見直し規定があり、技術革新や国際ルールの進展に応じて、ガイドラインの更新や制度の改訂が行われる可能性があります。
3. 自主ルール策定の必要性 国が詳細な規制を定めない分、企業は自らルールを策定し、適切な運用を確保する責任があります。
企業が取るべき対策
1. AI倫理委員会の設置
- 社内AI利用ガイドラインの策定
- リスク評価プロセスの確立
- 定期的な監査体制の構築
2. 透明性の確保
- AI利用の開示ポリシー策定
- アルゴリズムの説明可能性確保
- ユーザーへの適切な情報提供
3. 人材育成の強化
- AI倫理研修の実施
- 法務・技術部門の連携強化
- 外部専門家との協力体制構築
市民生活への影響
期待されるメリット
1. AIサービスの多様化
- 医療診断支援AIの普及加速
- 教育分野での個別最適化学習の拡大
- 介護ロボットの進化と普及
2. サービスの低価格化
- 参入企業の増加による競争促進
- 開発コストの削減による価格低下
- 多様な選択肢の提供
3. 相談・救済体制の整備
- AI利用に関する相談窓口
- 被害発生時の救済体制
- 透明性向上による安心感
留意すべき点
規制が緩やかな分、利用者側も注意が必要です。サービスの品質にばらつきが生じる可能性があり、プライバシー保護やデジタルデバイドへの配慮も重要な課題となります。
今後の展望
短期的見通し(1-2年)
- AI基本計画の策定と具体的施策の開始
- 企業による積極的なAI投資の拡大
- 新たなAIサービスの市場投入加速
中長期的課題(3-5年)
- 国際的な規制動向との調整
- 技術進化に応じた制度の見直し
- 社会的受容性の確保
まとめ
AI活用推進法は、罰則規定を設けない推進型のアプローチという、世界的にも独自の選択をしました。これは、日本がAI分野での巻き返しを図るための戦略的な判断といえます。
企業にとっては開発・事業化の自由度が高まる一方で、自主的な責任ある行動が求められます。市民にとっても、多様なAIサービスを享受できる可能性が広がりますが、同時に適切な利用判断が必要となります。
この法律の成否は、企業と市民の成熟した対応にかかっています。AIと人間が共生する社会の実現に向けて、日本独自のモデルが世界に新たな選択肢を示すことになるでしょう。
引用元
https://zelojapan.com/lawsquare/56624