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効率化できる業務 |
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「うちの会社もそろそろAIを……」 企業のリーダーであれば、一度ならずそう考えたことがあるのではないでしょうか。しかし、どこから手をつければいいのか、そして何より、AIは私たちの働き方を、組織のあり方を、最終的にどこへ導いていくのか──。
その答えの見えない問いに、一筋の光を投げかける力強いメッセージがあります。
株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)の南場智子氏が語る、AIへの「All-in」戦略。それは単なる業務効率化の話ではありませんでした。会社の存続をかけた変革であり、働く一人ひとりの可能性を解き放ち、組織という”器”の意味を根底から問い直す、壮大な未来への挑戦状だったのです。
この記事では、南場氏の言葉を手がかりに、これからの「人と組織とAI」の理想的な関係性を探ります。読み終えた頃には、あなたの心にも、自社の未来を照らす変革の灯がともっているはずです。
はじめに:なぜ今、DeNAはAIに「All-in」するのか?

「もはや、AIに取り組むかどうかを議論しているフェーズではない」
南場氏の言葉には、確信にも似た危機感がにじみます。変化の激しいデジタルの世界で、AIという巨大な波を乗りこなせるか否かが、企業の未来を左右する。その強い思いが、DeNAをAIへの「All-in(全賭け)」へと突き動かしました。
「AIネイティブ」への変革なくして存続なしという危機感
2023年2月、DeNAは「AIネイティブカンパニーへの変革」を宣言しました。これは、単にAIツールを導入するという話ではありません。まるでスマートフォンが生活に溶け込んだように、AIが思考や業務の隅々まで浸透し、一体化している状態を目指すものです。
なぜ、そこまで徹底するのでしょうか。 答えはシンプルです。「そうしなければ、生き残れないから」。AIを活用する企業とそうでない企業の差は、今後、生産性や競争力において絶望的なまでに開いていく。その未来予測が、彼らの原動力となっているのです。
生産性向上・競争力強化・新規事業創出の3本柱
DeNAが掲げるAI戦略は、非常に明確な3つの柱で構成されています。
- AIによる全社的な生産性の向上
- AIによる既存事業の競争力強化
- AIによる全く新しい事業の創出
これらは、守り(効率化)と攻め(事業創造)の両面から、企業を根こそぎAIで変革しようという強い意志の表れです。この3本柱を回転させることで、DeNAは未来の不確実性を乗り越えようとしているのです。
社員をAIで完全武装せよ ― DeNA流「個のエンパワーメント」戦略
壮大なビジョンも、実行する「人」がいなければ絵に描いた餅で終わってしまいます。DeNAの変革が興味深いのは、トップダウンの号令だけでなく、社員一人ひとりの能力をAIで最大限に引き出す「個のエンパワーメント」に徹底的にこだわっている点です。
全社員へのツール提供と自由な利用環境の構築
「最高の武器を、全員に。」 DeNAでは、エンジニアには開発支援ツール(GitHub Copilotなど)の利用を半ば義務化し、全社員には「Gemini Advanced」を標準装備として提供しています。
さらに驚くべきは、その柔軟性です。社員が「この新しいAIツールを使ってみたい」と声をあげれば、セキュリティチェック後すぐに利用が許可されるというのです。これは、変化の速いAIの世界において、現場のスピード感を何よりも重視する姿勢の表れと言えるでしょう。
教え合い、高め合う「どやる時間」とAIエキスパートチームの役割
優れたツールも、使いこなせなければ意味がありません。そこでDeNAが設けているのが、各部門でAI活用の成功事例を自慢し合う、その名も「どやる時間」。 「こんな使い方をしたら、業務が劇的に改善した!」 そんな生きたノウハウが共有されることで、組織全体のAIリテラシーが底上げされていきます。
さらに、この変革を強力に推進するのが、全社横断の「AIエキスパートチーム」です。彼らは言わば”AIの伝道師”。各事業部に出張合宿を行い、現場の課題をヒアリングし、その場でAIを使ったプロトタイプを開発してしまうというのです。企画書をこねくり回すのではなく、まず動くものを作る。このサイクルが、机上の空論ではない、地に足のついた変革を生み出しているのです。
AIスキルを可視化する新評価制度「DARS」とは?
そして、DeNAの徹底ぶりを象徴するのが、「DeNA AI Readiness Scoring (DARS)」という独自の評価制度です。これは、社員のAIスキルを5段階で評価するものですが、単なる知識量を測るテストではありません。
評価基準は、「AIを使って、どれだけ業務パフォーマンスを向上させたか」。 この一点に尽きます。AIを学び、使いこなし、そして成果を出す。このサイクルを回せる人材こそが、これからの時代に価値を生み出すのだという、明確なメッセージが込められています。
業務フローを根本から変える ― AIを前提とした組織への挑戦
個人のスキルアップと並行して進むのが、組織全体の仕組み、つまり業務フローの再構築です。AIの導入は、既存の業務を少し楽にする「改善」ではなく、仕事の進め方そのものをひっくり返す「革命」でなければならない、と南場氏は語ります。
小さな成功体験の積み重ねが変革を加速する
革命といっても、一夜にしてすべてが変わるわけではありません。DeNAでは、地道な成功体験の積み重ねを重視しています。
- ライブ配信の監視業務:人の手による審査を60%削減
- 外部サービスの利用規約レビュー:人の作業を70%削減
こうした具体的な数字は、「AIって本当に使えるんだ」という実感と納得感を組織に広げ、次の、より大きな変革への心理的なハードルを下げてくれます。
AI社長が示す、経営と現場の新たなコミュニケーション
DeNAのユニークな試みの一つに、「AI社長」の導入があります。これは、南場氏の過去の発言や考えをAIに学習させ、社員がいつでも気軽に「社長ならどう考えるか?」を質問できるサービスです。
一見、奇抜なアイデアに思えるかもしれません。しかし、これによって社員は経営判断の背景を深く理解でき、社長自身も自らの考えの一貫性を再確認できるという、思わぬ効果が生まれているそうです。AIが、経営者と現場の”通訳”となり、組織の意思疎通を滑らかにしているのです。
AIによる目標設定支援:個人の成長を組織の力に
さらに、AIは社員一人ひとりの目標設定(MBO)の支援にも活用されています。曖昧な目標ではなく、具体的で達成可能な目標をAIと共に立てることで、個人の成長をより確かなものにする。個の力の総和が、組織全体の力へと昇華していく。そんな理想的なサイクルが、AIによって現実のものとなりつつあります。
AI時代の「組織の価値」とは?人が人にしかできないこと

ここで、一つの根源的な問いが浮かび上がります。 AIによって一人ひとりがスーパーマンのように強くなったとき、もはや「組織」という枠組みは必要なくなるのではないか?
AIが個の能力を最大化するとき、組織は不要になるのか?
南場氏も、AIによって個人の能力が飛躍的に高まり、組織に属さない働き方を選ぶ人が増える可能性を指摘します。フリーランスや個人事業主が、まるで大企業のように大規模なプロジェクトを動かす。そんな未来も、そう遠くないのかもしれません。
しかし、それでもなお「組織」には、AIには代替できない本質的な価値が残る、と南場氏は断言します。
法人格としての「永続性」と「責任」
その価値とは、「永続性」と「責任」です。
AIは、どれだけ賢くなっても契約の主体にはなれません。社会的な約束を交わし、その結果に責任を持つことができるのは、「法人格」を持つ組織だけです。そして、その組織が永続的に存在し続けるという信頼が、大きな事業を成し遂げるための土台となります。AIという強力な力を、社会のために正しく使うための”器”として、組織の役割はむしろ重要性を増していくのです。
人を鼓舞し、感動を与えるという究極の役割
そして、最後の最後に残る、最も人間らしい領域。 それは、「人を鼓舞し、感動を与えること」。
ロジックやデータでは説明できない情熱で仲間を巻き込み、困難な目標に向かってチームを一つにする。創り出したサービスやプロダクトを通じて、人々の心を揺さぶり、感動を届ける。こればかりは、どれだけAIが進化しても、人間にしかできない聖域なのかもしれません。
「ザクロから夜空へ」― DeNAが社員の独立・起業を支援する理由
DeNAの組織論で最も特徴的なのが、社員の「独立・起業(スピンアウト)」を積極的に支援している点です。優秀な人材を社内に囲い込むのではなく、むしろ外へ飛び出すことを奨励する。そのユニークな哲学は、AI時代における組織の新たな可能性を示唆しています。
「人が組織を使う」という哲学と第3のキャリアパス
DeNAには、「組織が人を使うのではなく、人が組織を使う」という創業以来の文化が根付いています。社員は、DeNAというプラットフォームを踏み台にして、自らの夢を実現すればいい。その考えに基づき、彼らは従来の「事業リーダー」「スペシャリスト」というキャリアパスに加え、「独立・起業」を第3の道として公式に設定しました。
ファンド設立によるスピンアウトの公式な後押し
その本気度は、「デライトベンチャーズ」という独立支援ファンドを設立したことからも明らかです。DeNAを卒業する社員に対して、会社が最初の投資家となり、その挑戦を全面的にバックアップする。これは、終身雇用という概念が過去のものとなった現代において、企業と個人の新しい関係性のモデルケースと言えるでしょう。
共鳴し合うエコシステムが、未来の事業機会を創出する
かつて南場氏は、会社を「ザクロ」に例えたそうです。中のつぶつぶ(人材)が外に飛び出し、新たな芽を出すことで、結果としてDeNA全体の可能性が広がっていく、と。
しかし、今はその例えを「夜空」に変えたと言います。 DeNAという一つの恒星から巣立っていった星々(スピンアウトした仲間たち)が、それぞれの場所で輝きを放つ。そして、その光がお互いを照らし合い、引かれ合うことで、一つの壮大な星座、つまりエコシステムを形成していく。
会社という壁を超えて、才能が共鳴し合うネットワーク。それこそが、予測不能な未来において、新たな事業機会を生み出す最も豊かな土壌となるのかもしれません。
FAQ:AIによる組織変革でよくある質問
Q1. AI導入で、まず何から手をつければ良いですか?
A1. DeNAの事例が示すように、まずは経営トップ自らがAIの可能性を実感し、「興奮する」ことが重要です。その上で、全社員が使える共通のAIツール(Geminiなど)を導入し、小さな業務改善からでも成功体験を積んでもらうことから始めるのが良いでしょう。同時に、部門横断で活用事例を共有する場を設けることで、効果を組織全体に広げていくことができます。
Q2. 現場の社員から、AI活用への抵抗が生まれませんか?
A2. 「AIに仕事が奪われる」といった不安から、抵抗が生まれる可能性はあります。大切なのは、AIは「仕事を奪う敵」ではなく、「自分の能力を拡張してくれるパートナー」であるという認識を共有することです。DeNAの「どやる時間」のように、AIを使って業務が楽になった、成果が上がったというポジティブな事例を積極的に共有し、成功体験を広げていくことが、心理的な壁を取り払う鍵となります。
Q3. 経営トップは、AI変革にどう関わるべきですか?
A3. 経営トップの役割は、単に号令をかけることではありません。南場氏が自ら「AI社長」となって社員との対話のきっかけを作ったように、トップ自身がAIを積極的に活用し、その楽しさや可能性を背中で示すことが何よりも強力なメッセージになります。ビジョンを示し、環境を整え、そして誰よりもAIの進化にワクワクする。その姿勢が、組織全体の変革を牽引していくのです。
まとめ:AIの波を捉え、未来の勝者となるために

DeNAの挑戦から見えてきたのは、AI時代の組織変革とは、技術の導入そのものではなく、「人」と「組織」の関係性をいかに未来志向で再定義できるか、というテーマでした。
本記事の3つの要点
- AI変革の鍵は「個のエンパワーメント」: 全社員に最高のツールと自由な環境を提供し、スキルアップを評価する仕組みを整えることが、変革の土台となる。
- AI時代の組織の価値は「永続性」と「人間らしさ」: 組織は社会的な責任の主体として存続し、人を鼓舞するという人間にしかできない役割を担う。
- 「解放」こそが成長の鍵: 社員を囲い込まず、独立・起業さえも支援するオープンなエコシステムが、未来の事業機会を創造する。
あなたの組織の未来は、あなた自身の一歩から始まります。 まずは、この記事で紹介されたDeNAの取り組みの中から、一つでも真似できそうなことを見つけてみてください。それは、チームでAIの活用事例を共有する30分の会議かもしれません。あるいは、あなた自身が新しいAIツールを試してみることかもしれません。
AIという巨大な波は、すぐそこまで来ています。それは、恐れるべき脅威ではなく、私たち一人ひとりの、そして組織の可能性を、かつてないほどに解き放ってくれる、またとない機会なのです。
引用元
監修

佐藤拓哉