企業のDX推進部、経営企画、あるいは人事部の皆さん。「社内のAI活用」と聞いて、どのツールを思い浮かべるでしょうか。ChatGPTでしょうか、それともGoogleのGemini、あるいはMicrosoftのCopilotでしょうか。
「どれか一つ、優れたAIを導入すればよい」
もし、そうお考えなら、現場の若手社員の実態からは大きく乖離しているかもしれません。
ITmediaの最新調査によれば、驚くべき事実が明らかになりました。30代以下のビジネスパーソンのうち、実に6割以上が「複数の生成AIを目的別に使い分けている」と回答したのです。
これは単なる若者のトレンドではありません。企業の生産性を根底から変えうる、「AIマルチツール」時代の幕開けを示唆しています。
本記事では、なぜ彼らが単一のAIでは満足せず「使い分け」を始めたのか、その背景にある各AIの限界と可能性を深掘りします。さらに、企業の現場で明日から使える「目的別シナリオ」と、セキュリティリスクを回避しながら全社展開するための具体的なロードマップを徹底的に解説します。
『AIは1つで十分』はもう古い？ 30代以下の6割が実践する「生成AIの使い分け」という現実
驚愕の事実：30代以下の6割が「目的別にAIを併用」
今回の調査結果は、企業の意思決定層にとって衝撃的かもしれません。多くの場合、「AI導入」は特定のベンダー（Microsoft、Google、OpenAIなど）の「単一ツール」を全社に配布する形で進められがちです。
しかし、現場の最前線、特にデジタルネイティブである30代以下の層は、その「会社支給のAI」だけに満足していません。彼らは個人のスマートフォンやブラウザで、複数のAIツールを巧みに使いこなし、生産性を最大化しようと試みています。
- 企画のアイデア出しは、対話が得意な「ChatGPT」で。
- 最新の市場動向リサーチは、Google検索と連動する「Gemini」で。
- 社内資料（ExcelやPowerPoint）の作成は、Office連携が強力な「Copilot」で。
このように、タスクの性質に合わせて最適な「相棒」を選ぶことが、彼らにとっての「常識」となりつつあるのです。
なぜ今、AIの「マルチツール化」が起きているのか
なぜ、このような「使い分け」が発生するのでしょうか。答えはシンプルです。現状、すべてのタスクを完璧にこなせる「万能AI」は存在しないからです。
各AIには、その開発背景や学習データ、連携するエコシステムによって明確な「得意・不得意」があります。
- ChatGPT (OpenAI)：圧倒的な対話能力と創造性で「0→1」を生み出すのは得意。しかし、最新情報の反映や、特定の企業内データとの安全な連携には制約がありました（※API連携などを除く）。
- Gemini (Google)：Google検索との統合により、最新のWeb情報（トレンド、ニュース、競合情報）をリアルタイムに反映させる能力に長けています。しかし、創造的な文章生成においてはChatGPTに軍配が上がる、と感じるユーザーも少なくありません。
- Copilot (Microsoft)：Word、Excel、PowerPoint、Teamsといった業務ツールの「内部」で動くことが最大の強みです。社内の機密データを安全な領域（Microsoft 365テナント内）で扱えるため、コンプライアンスを重視する企業にとって第一の選択肢となります。一方で、社外の一般的な情報検索や、突飛なアイデア出しは他のAIに比べて苦手な側面があります。
現場の優秀な社員ほど、この「得意・不得意」を敏感に察知します。「会社からCopilotが支給されたが、どうも企画のアイデアが面白くない。結局、こっそり無料版のChatGPTで壁打ちしている」――そんな声が聞こえてくるようです。
ChatGPT・Gemini・Copilot「3強」の得意分野と使い分けマップ
では、具体的に「3強」をどう使い分ければよいのでしょうか。それぞれの強みと弱みを、企業のユースケースに沿って整理します。
【比較表】強み・弱み・コストで見る主要AIの特徴
| 特徴 | ① ChatGPT (OpenAI) | ② Gemini (Google) | ③ Copilot (Microsoft) |
|---|---|---|---|
| 最大の強み | 創造性・対話力 （0→1のアイデア出し） | 情報鮮度・検索連携 （リアルタイムなWeb情報） | 業務連携・セキュリティ （Office製品とのシームレスな連携） |
| 得意なタスク | ブレスト、文章/コード生成、要約、壁打ち | 市場調査、トレンド分析、Google Workspace連携 | 社内資料作成、データ分析（Excel）、議事録要約（Teams） |
| 弱点・懸念 | 情報の最新性（モデルによる）、企業データのセキュリティ（無料版） | 創造的な文章、Google生態系外との連携 | 創造性、社外の一般的な知識、Officeライセンスへの依存 |
| 主な利用者 | 企画部、マーケティング、開発者 | マーケティング、経営企画、リサーチャー | 全社員（特にバックオフィス、営業、情シス） |
| コスト（法人） | Teamプラン、Enterpriseプラン | Google Workspaceアドオン | Microsoft 365アドオン（E3/E5等） |
① ChatGPT：創造性と対話の「ブレスト相手」
「まだ誰も思いついていない、斬新なDXの企画が欲しい」
もしあなたがDX推進担当者なら、最初の「壁打ち」相手としてChatGPTは最強のパートナーです。その真価は、論理的で整然とした回答ではなく、むしろ「人間らしい」自然な対話と、既成概念を壊すようなアイデアの「発散」にあります。
「うちの会社の課題はAだ」と決めつける前に、「Aという課題について、10個の異なる視点から意見をください」と投げかける。ChatGPTは、あなたが思いもよらなかった角度からの切り口を提供してくれるでしょう。
② Gemini：Google生態系との連携と「最新情報のキャッチアップ」
「その企画、本当に『今』やるべき？」
ChatGPTが出したアイデアを、次にGeminiに投げてみましょう。「このDX企画に関連する、直近3ヶ月の国内外の市場トレンドと競合の動きを教えて」
Geminiは、Google検索という世界最大の情報源と直結しています。数秒で最新のニュース、統計データ、競合企業のプレスリリースを収集・分析し、あなたの企画が「今、本当に求められているか」を客観的に判断する材料を提供します。GmailやGoogle Driveと連携させれば、過去のメールやドキュメントを横断したリサーチも可能です。
③ Copilot（Microsoft）：企業データの「安全な活用」とOffice連携
「アイデアとデータは揃った。明日までに経営会議用の資料（パワポ30枚）にまとめて」
ここがCopilotの独壇場です。ChatGPTとGeminiで練り上げた企画の骨子（Wordファイル）と、分析データ（Excelファイル）をCopilotに渡します。「このWordとExcelを基に、経営会議向けのPowerPointプレゼンテーションを30枚で作成して。トーン＆マナーは弊社のテンプレートに合わせて」
Copilotは、Teams会議の議事録からタスクを自動抽出したり、Excelの膨大なデータからインサイトを引き出してグラフ化したり、企業の「内部データ」を「安全に」処理することに特化しています。機密情報漏洩のリスクを最小限に抑えながら、最終的なアウトプット（社内資料）に落とし込む作業は、Copilotの圧勝と言えるでしょう。
AI使い分けを阻む「3つの壁」と、全社導入を成功させるロードマップ
「よし、明日から全社でAIを使い分けさせよう！」
そう意気込むDX推進担当者の前に、必ず立ちはだかる「3つの壁」があります。
壁①：シャドーIT化とセキュリティリスク（Copilotの重要性）
最も深刻な問題が「シャドーIT」です。
会社が導入したCopilotが「使いにくい」と感じた社員が、独自の判断で無料版のChatGPTにアクセスし、社内秘の顧客リストや開発中のソースコードを貼り付けて要約させてしまう… [658] これは、笑えない現実です。
無料版のAIは、入力されたデータをAIの学習に利用する可能性があり、機密情報漏洩の温床となります。
対策：
- Copilot（法人版）の導入：まずはMicrosoft 365の堅牢なセキュリティ基盤（テナント内でのデータ処理）を持つCopilotを「安全なベース」として全社導入することが必須です。
- 明確なガイドラインの策定：「どのAI（ツール）で、どのレベルの情報まで扱って良いか」を明確に定義し、徹底的に周知します。ChatGPTやGeminiも、法人向けのEnterpriseプラン（データが学習に使われない）であれば、利用を許可する、といったルール作りが必要です。
壁②：ツール選定とコストの「カオス化」
「A部署はChatGPTを、B部署はGeminiを、C部署はCopilotをそれぞれ契約したいと言ってきた。ライセンス管理がカオスだ…」
これは、情シス部や経営企画部が直面する問題です。複数のAIを契約することは、ライセンス費用が重複し、コストのブラックボックス化を招きます。
対策：
- 利用目的の棚卸し：各部署が「なぜそのAIが必要なのか」を明確にし、全社で利用目的を棚卸しします。
- 「ベース＋オプション」戦略：Copilotを全社共通の「ベース」として導入し、ChatGPTやGeminiは「オプション」として、企画部やマーケティング部など、特定の高度な利用が見込まれる部署に限定してライセンスを付与する、といったメリハリが重要です。
壁③：AIリテラシーの社内格差（使わない層と過信する層）
「30代以下の6割」が使いこなす一方で、残りの4割、そして40代以上の層はどうでしょうか。
AI導入の最後の壁は「人」です。ここには2種類のリスクが存在します。
- 「使わない層」のリスク：AIを「怖いもの」「自分には関係ないもの」と敬遠し、従来の非効率なやり方を続ける層。
- 「過信する層」のリスク：AIの回答を鵜呑みにし、ファクトチェックを怠る層。AIが生成した「もっともらしい嘘（ハルシネーション）」 [370] に気づかず、誤った情報に基づいて意思決定をしてしまうリスクです。
対策：スモールスタートで「成功体験」を横展開する方法
- AIアレルギーの克服：まずは「使わない層」に対し、「Teamsの議事録要約（Copilot）」や「Excelの関数作成（Copilot）」など、日常業務の「ちょっとした面倒」を解決できる、スモールな成功体験を積ませることが有効です。
- ファクトチェックの義務化：「AIは嘘をつく」 [370] ことを前提とした教育（AIリテラシー教育）を徹底します。AIの出力はあくまで「下書き」であり、最終的な文責は「人間」にあることを明確化します。
- プロンプトエンジニアリング教育：部署横断で「プロンプト勉強会」を開催し、「AIへの指示（プロンプト）が上手い社員」のノウハウを全社で共有します。
「使い分け」の次へ：AIエージェントと「連携」させる未来
「AIの使い分け」が常識となった今、次のトレンドも見据えておく必要があります。それは「使い分け」から「連携」への進化です。
AIがAIを使いこなす？ 2026年のAI活用予測
2026年、私たちの働き方はさらに進化しているでしょう。
私たちは、もはやChatGPTやGeminiを「直接」操作していないかもしれません。
代わりに、「AIエージェント」 [95] と呼ばれる高度なAIに、「来週の役員会までに、競合A社に対抗する新規事業案をまとめておいて」と指示するだけ。
すると、AIエージェントが自律的に判断します。
「OK。まずGeminiを使って最新の競合動向をリサーチし、次に社内データベース（Copilot経由）の過去の販売データと照合する。その結果をChatGPTに渡して、3つの事業案をブレストさせ、最後にPowerPointにまとめて、あなたの予定表にレビュー時間を確保しておくよ」
このように、人間がタスクごとにAIを「使い分ける」のではなく、AIエージェントが最適なAIを裏側で「連携」させてタスクを実行する未来。それが、AIマルチツール時代の次に来るフェーズです。
今、企業が準備すべき「AI人材」の定義とは
この「AIエージェント」時代に備え、企業が今すべきことは何でしょうか。それは、AIに指示を出す「人間」の育成です。
AIに代替されるのは「AIを使わない人」だけではありません。「AIに曖ートな指示しか出せない人」も代替されます。
- AIの強みと弱みを理解しているか？
- AIの「嘘」を見抜き、ファクトチェックできるか？
- AIが出した「80点の下書き」を、自らの「経験」と「専門性」 [289] で「120点の成果物」に昇華できるか？
AIの「使い分け」を現場で実践している30代以下の社員たち。彼らは、無意識のうちにこの「AIエージェントを使いこなす」ための訓練を積んでいます。
彼らの「使い分け」のノウハウを個人のスキルに留めず、いかにして吸い上げ、全社の「ナレッジベース」 [97] として蓄積し、標準化できるか。それが、2026年の企業の競争力を左右する鍵となります。
生成AIの使い分けに関するよくある質問（FAQ）
最後に、企業の担当者からよく寄せられる質問に、Q&A形式でお答えします。
Q1：結局、どのAIから導入するのがベストですか？
A1: 多くの日本企業にとって、Microsoft 365 Copilotが最初の「ベース」として最適な場合が多いです。理由は、多くの企業が既にWord、Excel、TeamsなどのOffice製品を導入しており、セキュリティとコンプライアンスを担保した上で、既存の業務フローにAIを組み込みやすいためです。
その上で、企画部やマーケティング部など、より高度な創造性や最新情報のリサーチが必要な部署に限り、ChatGPTやGeminiの法人プランを「オプション」として追加導入することを推奨します。
Q2：AIの利用料金とコストパフォーマンスはどう考えれば良いですか？
A2: 月額数千円（1ユーザーあたり）のライセンス料は、一見高く感じるかもしれません。しかし、そのコストを「回収できるか」が論点です。
例えば、月額3,000円のAIライセンスで、社員一人の「資料作成」や「情報検索」の時間が1日あたりわずか10分短縮できたとします。その社員の時給が3,000円であれば、10分（=500円）× 20営業日 = 月10,000円のコスト削減効果が生まれます。
「AIがどれだけ賢いか」ではなく、「AIによって社員の時間がどれだけ創出されたか」でROIを測定する視点が重要です。
Q3：社内の機密情報をAIに入力しても安全ですか？
A3: 無料版のAIには、絶対に機密情報を入力してはいけません。 ChatGPTやGeminiの無料版は、入力されたデータをAIの学習に利用する可能性を規約で示しており、情報漏洩の重大なリスクとなります。
Microsoft 365 Copilotや、ChatGPT / Geminiの法人向けEnterpriseプランは、「入力データを学習に利用しない」「データは企業の管理領域内で処理される」ことを保証しています。AIを活用する際は、必ずこれらの法人向けセキュリティが担保されたプランを契約してください。
Q4：AIの回答の「嘘（ハルシネーション）」にどう対処すればよいですか？
A4: 「AIは嘘をつく」 [370] ことを全社員の共通認識とすることが第一歩です。 AIの回答は、常に「仮説」または「下書き」として扱います。
対策として、AIが回答の「根拠（ソース）」を示せる機能（例：CopilotやGeminiのWeb検索結果の引用）を重視すること。そして、特に統計データ、固有名詞、法的な内容については、必ず人間が一次情報（官公庁の発表や原文）に当たってファクトチェックを行うプロセスを、業務フローに組み込む必要があります。
まとめ：AI使い分けは「手段」。真の目的は「生産性革命」である
30代以下の6割が「AIを使い分ける」という事実は、企業にとって大きな問いを投げかけています。
それは、もはや「AIを導入するか否か」という議論ではなく、「いかに多様なAIを、安全かつ効果的に使いこなし、企業の血肉（＝生産性）に変えるか」という、より高度な戦略の議論です。
- ChatGPTに「0→1」の夢を語らせ、
- Geminiに「今」の現実を調査させ、
- Copilotに「社内」のデータを整理・実行させる。
この「使い分け」は、AIというツールの特性を理解し始めた人類が、次のステージに進むための通過儀礼にすぎません。
AIの使い分けは「手段」です。
真の目的は、AIに「仕事を奪われる」ことではなく、AIを「最強の副操縦士」 [283] として、定型業務から人間を解放し、より創造的で、より人間らしい仕事に集中するための「生産性革命」を起こすことにあるはずです。
皆さんの現場では、どのような「使い分け」が始まっていますか？
引用元
ITmedia「ChatGPT、Gemini、Copilot……「目的別に使い分け」が常識？ 30代以下の6割が複数ツール併用」
