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「2年後、ほとんどのエンジニアはコーディングをしていないかもしれない」。
もしあなたが、現場のエンジニアや情報システム部門の責任者だとしたら、この言葉を聞いてどう感じるでしょうか。「まさか」と笑いますか? それとも、背筋が寒くなるような焦りを感じるでしょうか。
これは、クラウドコンピューティングの巨人、AWS(Amazon Web Services)のCEO、マット・ガーマン氏が内部向けの対話で口にした予測です。
正直なところ、私たちビジネスパーソンは「AIで仕事がなくなる」という脅し文句には、もううんざりしていますよね。でも、今回のこの発言には、これまでの「単なる自動化」とは少し違う、決定的なリアリティがあります。
なぜなら、開発の現場ではすでに「地殻変動」が起きているからです。
「プログラムを書く」という、エンジニアにとっての聖域であり、アイデンティティでもあった作業。それが今、AIによって「面倒な下書き作業」へと格下げされようとしています。
では、エンジニアは不要になるのでしょうか? 答えは断固として「No」です。 むしろ、これからのエンジニアは「より本質的なクリエイター」へと進化を遂げることになります。そして、彼らをマネジメントする経営企画やDX推進担当者にとっても、これは組織を劇的に変える千載一遇のチャンスなのです。
今回は、AWSが示した未来図を紐解きながら、「コードを書かない時代のエンジニアの価値」と「企業が今すぐ打つべき手」について、綺麗事抜きの本音で深掘りしていきます。
AWSが予見する「開発の新たな主戦場」とは?

コーディングは単なる「手段」。言語の壁が消える日
これまで、システム開発といえば、JavaやPython、C++といったプログラミング言語の文法を習得し、コンピュータが理解できる命令文を一行一行正確に記述する作業が中心でした。
例えるなら、これまでのエンジニアは「素晴らしい小説の構想(作りたいシステム)」を持っていても、それを「コンピュータ語」に翻訳するために、辞書を引きながら必死にペンを走らせる翻訳家のような側面があったのです。
しかし、AWSが示しているのは、この「翻訳作業」の消滅です。
ガーマンCEOは「コーディングは、コンピュータに話しかけるための言語にすぎない」と指摘しています。生成AIの進化により、私たちは自然言語(日本語や英語)でコンピュータに指示を出すだけで、複雑なプログラムを生成できるようになりつつあります。
「80/20の法則」の大逆転
よく言われる「パレートの法則(80:20の法則)」を開発現場に当てはめると、これまではこうでした。
- 時間と労力の80%: コードを書く、バグを探す、構文エラーと戦う(実装)
- 時間と労力の20%: どんな機能が必要か、どういう設計にするか考える(設計・企画)
AWSのビジョンが示唆しているのは、この比率が完全に逆転する未来です。 実装にかかる泥臭い作業の80%をAIが肩代わりしてくれる。そうなると、エンジニアが本来向き合うべき「残り20%」だったはずの「何を作るか」「どう課題を解決するか」という領域が、一気に主戦場(メインの80%)へと拡大します。
これは、レンガ積み職人が、レンガを積む作業をロボットに任せ、自分は「どんな美しい大聖堂を建てるか」を考える建築家(アーキテクト)に転身するようなものです。
コードを書かなくなったエンジニアは何をするのか
では、具体的にエンジニアの仕事はどう変わるのでしょうか。「キーボードを叩くのが仕事」だと思っていた人にとっては、残酷な変化かもしれません。しかし、「課題解決が好き」な人にとっては、これほどエキサイティングな時代はありません。
1. 「How(どう書くか)」から「What(何を作るか)」へのシフト
これまでは、「この機能を実装するには、このライブラリを使って、こう書いて…」という「How」のスキルがエンジニアの市場価値を左右していました。
これからは違います。 「顧客が本当に欲しがっている機能は何か?」「このビジネス課題を解決するために最適なシステム構成は?」という「What」を定義する力が問われます。
AIは「言われた通りのコード」を書くのは得意ですが、「そもそも何を作るべきか」という問いには答えられません。顧客の曖昧な要望を汲み取り、ビジネス要件へと落とし込む。この「翻訳」こそが、AIには代替できない人間の聖域として残ります。
2. 「プロダクト・マネージャー」的視点の獲得
これからのエンジニアは、全員がプチ・プロダクトマネージャー(PdM)になる必要があります。 ただ仕様書通りに動くものを作るのではなく、「このUIだとユーザーが迷うのではないか?」「このデータ構造だと将来の拡張性に問題が出るのでは?」といった、製品全体の価値やライフサイクルを見通す視点です。
「コードが書ける」ことの価値が相対的に下がる分、「ビジネスがわかるエンジニア」「UX(ユーザー体験)にこだわりのあるエンジニア」の価値が爆上がりするのです。
3. AIの「監督者」としてのスキル
AIがコードを書くといっても、完璧ではありません。時には自信満々に嘘をつき(ハルシネーション)、セキュリティホールだらけのコードを吐き出すこともあります。
そこで必要になるのが、「AIが生み出した成果物をレビューし、統合する能力」です。 これには皮肉なことに、深い技術的知識が必要です。AIが書いたコードの良し悪しを判断するには、エンジニア自身にも高度な知見が求められるからです。ただし、自分でゼロから書く必要はありません。「目利き」ができればいいのです。
- セキュリティに問題はないか?
- 既存システムとの整合性は取れているか?
- パフォーマンスは最適か?
これらを瞬時に判断する「監督者」としての役割。これが新しいエンジニアの姿です。
【経営・人事視点】組織はどう変わるべきか
ここからは、経営企画や人事担当者の皆さんに向けての話です。 エンジニアの役割が変わるなら、当然、採用や評価、組織のあり方も変わらなければなりません。「従来通りの技術面接」をしている企業は、すぐに時代遅れになります。
採用基準の激変:技術オタクより「課題解決オタク」を
「Pythonの実務経験3年」といった募集要項を見直す時期が来ています。特定の言語の構文を知っていることよりも、以下のスキルを重視すべきです。
- 抽象化能力: 複雑な事象をモデル化し、システム設計に落とし込めるか。
- ドメイン知識: 自社の業界(金融、医療、物流など)の業務フローをどれだけ深く理解しているか。
- AI対話力: AIに対して適切な指示(プロンプト)を出し、望む成果物を引き出せるか。
極端な話、プログラミング未経験でも、業務知識が豊富で論理的思考ができる社員が、AIツールを使って爆速で社内アプリを作ってしまう。そんな「市民開発者」が活躍する未来も見据えておくべきでしょう。
リスキリングの方向性:AIを「禁止」せず「使い倒す」
いまだに「若手の育成のためにAI使用禁止」というルールを設けている現場があるとしたら、それは「電卓を使わずにそろばんで計算しろ」と言っているようなものです。
教育の方向性を、以下のようにシフトさせてください。
- × 文法暗記型研修 → ◯ アーキテクチャ設計・システムデザイン研修
- × 自力でのアルゴリズム実装 → ◯ AIを使ったコードレビューとデバッグ訓練
「AIが書いたコードの誤りを3分で見つける」といったテストの方が、これからの時代にはよほど実用的です。
「外注丸投げ」からの脱却と内製化のチャンス
これは日本企業にとって最大の朗報かもしれません。 これまでシステム開発をSIer(外部ベンダー)に丸投げしていた企業も、AIの支援を受ければ、少人数の社内チームでシステムを開発・運用できる可能性が高まります。
「エンジニアが足りないから作れない」という言い訳は通用しなくなります。AWSなどのクラウドベンダーが提供するAI開発支援ツール(Amazon Q Developerなど)を使えば、仕様書さえしっかりしていれば、驚くほどのスピードでプロトタイプが作れるからです。
「内製化=コスト削減」ではなく、「内製化=ビジネススピードの加速」と捉え直し、勇気を持って社内開発チームを立ち上げる絶好のタイミングです。
明日から始める「AIネイティブ開発」への3ステップ
「理屈はわかったけれど、具体的にどうすれば?」と思っている方へ。明日から組織で取り組める具体的なステップを提案します。
Step 1: 「小さく、安全な」AI開発実験
いきなり基幹システムをAIで作ろうとしてはいけません。まずは、社内の小さな課題を解決するツールから始めましょう。
- 会議の議事録要約システム
- 社内FAQのチャットボット
- 日報の自動分析ツール
これらを、エンジニアと非エンジニアの混成チームで、AIツールをフル活用して開発してみてください。「えっ、こんなに簡単にできるの?」という成功体験が、組織の意識を変えます。
Step 2: AIの「燃料」となる社内データの整備
AIに良いコードを書かせる、あるいは自社特有の事情を考慮した回答をさせるためには、コンテキスト(文脈)が必要です。 社内のAPI仕様書、過去の設計図、データベースの定義書などは整理されていますか? 紙やPDFで散らばっていませんか?
AIが読み込める形(デジタル化・構造化)でナレッジを蓄積すること。これこそが、これからの時代の最強の「資産形成」です。
Step 3: 「失敗を許容する」文化へのアップデート
AIを使った開発は、試行錯誤の連続です。一発で100点の正解が出ることは稀です。 「とりあえずプロトタイプを作ってみて、動かしながら直す」というアジャイルなアプローチが不可欠です。
経営層やマネージャーに必要なのは、「完璧な仕様書」を求めることではなく、「まずは動くものを見せてくれ」と言える度量です。そして、AIのミスを見つけた時に「やっぱりAIは使えない」と切り捨てるのではなく、「どう指示を変えればうまくいくか」を考える姿勢です。
よくある懸念:AI開発の落とし穴
もちろん、バラ色の未来ばかりではありません。注意すべき点も押さえておきましょう。
Q. ジュニアエンジニアが育たなくなるのでは?
これは深刻な問題です。AIが下書きをしてしまうと、若手が「写経」を通じて基礎を学ぶ機会が失われます。 対策: あえて「なぜAIはこのコードを書いたのか?」を解説させる時間を設けたり、AIが生成したコードの中にわざとバグを仕込んで発見させたりするような、新しい形の教育プログラムが必要です。基礎体力がなければ、AIという高性能なラケットを振り回すことはできません。
Q. セキュリティや著作権のリスクは?
AIが学習データに含まれていた他社のコードをそのまま吐き出し、著作権侵害になるリスクや、機密情報をAIに入力してしまうリスクです。 対策: AWSなどのエンタープライズ向けサービスでは、入力データが学習に使われない設定や、生成コードがOSS(オープンソース)と類似していないかチェックする機能があります。無料のチャットツールを勝手に使わせるのではなく、企業として契約した「安全な環境」を提供し、ガイドラインを策定することが急務です。
「作る」ハードルが下がった世界で、あなたは何を創るか
AWSの予測通り、エンジニアが「コーディング」という作業から解放される日は、そう遠くありません。
これを「職が奪われる」と悲観するか、「創造のための翼を得た」と歓喜するか。その差は、私たちが「技術を使って何を実現したいか」というビジョンを持っているかどうかにかかっています。
コードを書くことは、もはや特殊能力ではなくなります。 しかし、 「ユーザーの痛みを理解する優しさ」 「倫理的に正しい判断を下す強さ」 「誰も見たことのない未来を描く想像力」 これらは、どれだけAIが進化しても、人間だけの特権であり続けます。
エンジニアは、キーボードを叩く手作業から顔を上げ、より広い世界を見る時が来ました。そして企業は、彼らがその創造性を存分に発揮できるフィールドを用意する義務があります。
さあ、コーディングという「作業」をAIに任せて、私たちはもっと面白い「仕事」を始めませんか?
